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2011年12月26日

雪の中の板取宿

 古より幾多の人が通ったであろう街道。

 その当時は車などなく移動手段は主に足か馬。

 だから道幅は広くなくてもよく、また曲がりくねっていてもいい。

 そんな街道沿いに家が残っています。

 今では当時のような賑わいは無くても時を見つめてきた家が残っています。

 板取宿

 茅葺屋根の家は4軒だけになってしまいました。

 それでも不便を楽しむかのように住んでおられる人がいます。

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 住んでいる人の足跡でしょうか、雪の上に靴跡がありました。

 
 家の周りを板で囲って冬支度されています。
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 まだ雪が降り始めたばかりですが、家全体がもうすぐ雪に埋もれてしまいます。
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 雪の降る量を思うと昔の人の苦労がしのばれます。

 雪の中でひたすら春を待つ。

 このような生活の中で我慢強さが培われてくるんでしょうか。

 
 冬は始まったばかりです。

 


posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 22:02| 福井 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺北の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月24日

パントマイム(大野市七間通り朝市)

 3大朝市が行われた七間通り。

 その一角でストリートパントマイムが行われていました。

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 重いカバン
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 パントマイムはいいですね。
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 分かりやすくて子供でも楽しめます。

 福井ではこのようなパントマイムを見る機会はあまりないので、皆さん十分楽しんだことと思います。

 特に子供の反応がいいですね。

 目が一点に集中していて、生き生きとした不思議な目で見ていました。

 パントマイムを演じられたお二人はどうもご夫婦のようで指輪が光っていました。

posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 07:14| 福井 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺北の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月10日

東尋坊(6月)

 3月11日に東北を襲った大地震。

 そのニュースが全世界に広がって、日本は危ないという風評が広がって日本に来る観光客が少なくなっているという話をテレビなどが放送してました。

 私が住んでいる今庄では外国人が来るような観光地でもなく、少なくなっているという実感はわかなかったんですが・・・・・・、東尋坊に行ったときにはっきりとそれを感じました。

 以前行ったときには、中国語が飛び交っていたんですが・・・・、今では何を話しているのかわかる会話でした。

 東尋坊へと続く商店街には観光客が本当にいませんでした。
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 写真スポットもまばら・・・・・。
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 遊覧船が帰ってきても乗客もまばら・・・・。
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 岩の割れ目に咲いている花だけが踏まれないのかちゃんと咲いていました。
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 外国からの観光客はツアーを組んでこられると思いますので、ツアーそのものが組まれなくなると全くいなくなります。

 観光客が地域の経済を支えているところでは死活問題になります。

 外国人観光客が少なくなって日本人観光客も少なくなれば大変です。

 あまりの人の少なさに驚いた1日でした。

 早く元の活気ある観光地に戻ってほしいですね。

posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 08:37| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺北の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月17日

越前竹人形の里

 一度は行ってみるといいといわれていた越前竹人形の里

 どんな風にいいのかは分からなかったんですが、後学のために行ってきました。

 バスが何台も泊まれるような大きな駐車場に車を止めて・・・・・、
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 お土産屋さんの隣の入り口から入って行きました。
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 入場料300円を払って入ると、いろんな種類の竹が展示されています。
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 中には聞いたこともないような名前がありました。

 竹を細く切って表現する髪の毛は信じられないくらいの細さです。
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 こんなに曲がりくねった髪の毛をよく千切れずに作れるものですね。

 工房の中では職人さんたちが作品を作っているところを見ることができます。
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 職人さんが見学者の質問に答えていました。
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 世界で最初につくられた竹を炭化して作ったフィラメントを使用した電球も展示してあってスイッチを押すと光るようになっていました。
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 展示室では多くの作品が展示されていました。

 竹取物語
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 布教
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 竹でここまで表現できるとは思ってもいませんでした。

 リアリティーがあります。

 竹の直線を利用した大きな作品もありますが、
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 竹で造られているとは思われないような作品

 買おうと思うとちょっとお高いですが、一度は見てみるのもいいですね。

 話のタネになります。

 永平寺を訪れた後なんかに時間があれば訪れたいスポットですね。

 職人さんたちの技の粋を見ることができます。

 
posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 05:55| 福井 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 嶺北の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月31日

ちひろの生まれた家

 武生にあるちひろの生まれた家、久しぶりに行ってきました。

 車で行ったんですが、駐車場が近くにあるので行くのには便利です。

 駐車場に車を止めて、通りを渡っていきます。
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 少し路地を入ると・・・・、
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 あります。

 中に入ると・・・、
 窓側にイスとテーブルがあり・・・、
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 昔の様子を再現した部屋があって・・・、
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 奥まで見通せます。
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 奥にもイスとテーブルが・・・、
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 タイル張りの洗面台。
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 このような洗面台はもう使っているところはないでしょうね。

 二階にも昔の面影を再現した部屋があります。
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 磨りガラス越しに部屋の中が見えます。


 何年か前に一度訪れたことがあるんですが、以前訪れたときのディスプレイとあまり変わっていないようでした。

 最近は訪れる人も少なくなってきているようで、私が訪れた日は私で3人目だということでした。

 小さい記念館のようですから集客はなかなか難しいのかもしれませんね。
 
 展示品を変えていくとかをしないと集客はなかなか難しいと思いました。


posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 05:18| 福井 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 嶺北の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月29日

タンス街

 武生のタンス街は古い家並みが残る街です。

 その街を歩いてみました。

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 1階のお店の方は現代風に変えられているところが多くありますが、2階部分は昔のままの残っているところがあります。
 
 黒川わた店
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 この看板は何と書いてあるのか良く読めませんでした。
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 形からすると靴屋さんでしょうか?

 現代風にリフォームされた町屋
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 古い収納庫
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 私の家にもありましたが、「ふろ」と呼んでいました。


 生活様式が昔とは違ってきていてタンスを置く家は少なくなりました。

 アパートでの生活では場所をとるタンスはなかなか置けませんし、引越にも不便です。

 一軒家を建てるにしても最初から建て付けられています。

 このような状況の中にも何軒かの家具屋さんはガンバッテおられます。

 昔は嫁入り道具には桐のタンスを持たせるのが親の役目でしたが、時代は変わりました。

 嫁入り道具をトラックに乗せて街中を通るという光景はたまに見ますが、それも無くなって行くんでしょうか。

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 昔は親と娘がタンスを選びに訪れたタンス街

 私が訪れた日は人通りも少なく心なしか少しさみしく感じました。

posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 06:50| 福井 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 嶺北の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月17日

本保陣屋跡

 突然ですが、福井県内にも天領(幕府直轄地)が置かれていたって知っていますか?

 天領地と言えば佐渡や長崎、大阪などだけだと思っていたんですが、この福井にもあったんですね。

 知りませんでした。

 このことを知ったのはたまたま人に会うために武生市内を車で回っていた時にこんな看板を見つけて知りました。

 本保陣屋跡

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 案内に沿って行ってみると・・・・・、それらしきものがありました。
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 本保陣屋の歴史が書かれています。
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 中の敷地はあまり広くないのですが、中にはその頃に使われていた石柱でしょうか、二本立っていました。
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 また、その云われも書かれていました。
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 本保陣屋跡(ほんぽじんや 福井県越前市本保町18)

 江戸時代、丹生郡本保村(現武生市本保町)には幕府の「本保陣屋」が置かれていた。越前国内にあった天領(直轄地)を統治するためである。
 本保陣屋が設置されたのは、享保6年(1721)のことであるが、それ以前は勝山と西鯖江に置かれていた。
 しかし 、元禄4年美濃高須の小笠原氏が勝山に入封し、享保5年には越後村上の間部氏が鯖江へ入って鯖江藩ができたことにより、陣屋が移されてきたのであった。
 もっとも、元文元年に福井藩領に繰り入れられたために、陣屋は一旦廃止されが、再度幕府領となった延享元年(1744)に再び本保村の西南部で愛宕山の東山麓に陣屋が設置された。

 陣屋の外郭の詳細はわからないが、東西に105m南北に150mで、外側に幅4尺深さ5尺の堀が巡らされ、塀で囲まれていた。
 開設時は幕府代官が常駐していたと考えられるが、本保陣屋が飛騨郡代の支配下に組み込れられた明和2年(1765)以降は、数名の手代が常駐していただけで、代官はその都度、高山から出張してきていた。

 代官で有名なのは「天保の飢饉」時の大井永昌(帯刀)である。
 天保7年9月検見のために越前に入った永昌は、飢饉の惨状をみて、翌年6月まで本保陣屋に留まり、飛騨から救米を移送し、また自腹で貧民の救済にあたったという。
 なお、その徳をたたえて天保8年に建てられた「天保救荒碑」(てんぽきゅうこうひ)は今でも残っており、毎年遺徳祭が実施れている。

 維新後の明治3年(1870)12月、廃藩置県に先立ち本県初の「県」となる本保県(権知事小原鉄心、大参事熊谷直光)が設置され、陣屋の位置に県庁が置かれ、一部敷地を拡張したり建物を新設して、庁舎が整備された。
 しかし本保県は翌4年11月に廃止、福井県に吸収され、わずか1年ほど存在しただけに終った。
 
 
 以上の記事は新越前若狭城跡考からのものです。

 本保陣屋跡のある場所は
 



 近くを通りかかったら一度車を降りて訪ねてください。

 小さな陣屋跡ですが、天領が福井にもあったことを知ることが出来ます。

posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 05:50| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺北の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月13日

吉江藩 七曲がり通り

 江戸時代の初め、鯖江に小さな藩がありました。
 
 藩の名は吉江藩
 
 
 正保2年(1645)8月、福井藩三代藩主 松平忠昌が没したことにより、その後を光通が継ぎ四代藩主となりました。
 その時、弟の昌勝に五万石(松岡)、三男の昌親に二万五千石(吉江)を分封せられ、ここに吉江藩が誕生しました。
 所領は、丹生郡30ヶ村・坂井郡10ヶ村・足羽郡4ヶ村・大野郡3ヶ村・吉田郡1ヶ村・南条郡1ヶ村という複雑な領地構造をしていました。


 詳しいことはこちらから


 旧8号線で鯖江市内を抜けて、福井に行こうとしたときに思い出しました。

 ここら付近に近松門左衛門が育った場所があるって。

 で人に聞きながら行ってみることにしました。

 最初に目に入ったのが、この看板 ようこそ近松門左衛門の里へ
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 浄瑠璃で有名な近松門左衛門は鯖江で育ったんですね。

 
 裏に廻ると
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 吉江藩当時に七曲がりがあった地図が書いてありました。

 当時から城郭はなかったのでどこを目指していけばよく分からなかったのですが、とにかく橋を渡ってその場所を目指しました。

 吉江神社 
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 名前でここが吉江藩の一角であったことが分かります。


 古そうな建物を探して歩いていくと・・・・・、
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 立派な松の木のある屋敷に行き当たりました。
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 舗装された道を歩いていくと、立派な塀のある屋敷が点在していました。
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 七曲り通りは、吉江藩の城下町の名残で、辺り一帯の家の地割りや道路の区画はほとんど当時のままであるといわれています。

 河川改修工事で、館跡と町屋の間に新川が造られたため、館跡や一部七曲り道路はなくなってしまいましたが、移築されている館表門や七曲り通りの町屋の門や塀などは昔の城下町の風情をよく遺しています。

 小さな街にも歴史があります。

 そこでは今も歴史を積み上げています。

 福井で生まれ福井で育って時を重ねる。

 ふとした切っ掛けで積み重ねられた歴史を知る。

 これが目的もなくふらりと出かける醍醐味かも知れません。

 福井にはまだまだ知られていない歴史があります。

 そんな歴史を少しずつ見つけていきたいと思います。


 ゆっくりと時は流れていきます。

posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 07:03| 福井 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 嶺北の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月04日

北の庄城跡資料館

 柴田神社に隣接する資料館には、北の庄城に関する資料が展示されています。

 小さな資料館ですが、そこには柴田勝家お市の方の絵が飾られています。

 北の庄城跡資料館
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 中に入るとまず目にはいるのが、大きな石と鉄の鎖
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 石は九十九橋の橋脚に使われていた石で、鉄の鎖は船橋の鎖で川に幾重にも舟を並べて繋いでいた鎖だそうです。


 二階に上がると、北の庄城福井城の発掘当時の写真が飾られており・・・、
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 出土した品々も展示されています。
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 石で出来た鬼瓦
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 そして、有名なお市の方柴田勝家
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 北の庄城は柴田勝家によって築かれましたが、後に福井城の築城によって破壊を受けてその全容が失われたそうです。

 ビル群に囲まれた強者共の夢の後を垣間見るには想像をかき立てるようなものが少し少なすぎる思いがしました。

 
posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 09:26| 福井 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | 嶺北の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月28日

北の庄城址

 ガレリヤ元町のアーケイド街を歩いているときに思い出しました。

 近くに北の庄城址があるということを。

 で、人に教えてもらって行ってきました。

 アーケイド街には今年の大河ドラマの登り旗がひらめいています。
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 アーケイドを抜けるとすぐ近くにそれはありました。

 北の庄城址
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 それはあっけないほど狭くて小さい址でした。
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 昔は壮大だったんだろうなというものはこのパネルだけでした。
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 お市の方と3姉妹
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 今も残る石垣
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 柴田勝家像
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 勇猛果敢だった勝家像

 勝家像を見守るように建っている柴田神社
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 戦国の動乱期を生きた武将と女達。

 今では想像もつかない世の中だったと思う。

 そんな世の中で少しでも人らしく生き抜き、そして表舞台から去っていった人達。

 勝負には必ず勝者と敗者があるけれど、その価値を見極めるのはその人達。

 生き様を通して何かを訴え何かが伝わったならば、その人の人生は勝者にならないだろうか。

 後からああしておけば良かった、こうすれば良かったなどと言うような人生は送りたくない。

 人生には失敗はなく、あるのは結果だけ。

 失敗は成功への通過点。

posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 04:20| 福井 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 嶺北の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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