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2011年03月28日

人道の港 敦賀ムゼウム

 旧敦賀港駅舎の近くにその建物は立っています。

 敦賀ムゼウム

 第2時世界大戦が始まる前にヨーロッパのリトアニアから逃れてきたユダヤ人たちが最初に日本の土を踏んだ港です。

 そのユダヤ人たちにビザを発行した人が杉原千畝という人です。

 その記録が敦賀ムゼウムに残っています。

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 中に入るとその当時の様子が残されています。
 
 大陸への玄関口敦賀港の説明
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 敦賀港を通った人々
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 当時の大阪商船の航路図
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 二階に上がると・・・、
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 その当時のことを知ることができます。

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 蓄音機からは肉声を聞くことができます。
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 命のビザ
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 テレビでは放映された杉原千畝の業績が流されていました。
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 世界中のユダヤ人から日本のシンドラーと呼ばれている杉原千畝。

 そしてその人たちを受け入れた敦賀の人々。

 日本の土を踏んで安堵したユダヤ人たち。

 その様子が良く分かります。

 敦賀を訪れた折にはぜひ訪れてください。

 小さな記念館ですが、一見の価値はあると思います。

 お待ちしています。




posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 07:42| 福井 | Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月27日

旧敦賀港駅舎

 敦賀港に立っている旧敦賀港駅舎を訪ねてきました。

 1999年に開催された「つるがきらめきみなと博21」のシンボルの一つとして建てられた旧敦賀港駅舎は、シベリア鉄道経由でヨーロッパ諸国と繋がる「欧亜国際連絡列車」の発着駅として賑わった時代の駅舎を再現したものです。
 
 ヨーロッパへの玄関口の駅だけあって当時としてはモダンな建物だったんでしょうね。
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 中に入ると待合室があり・・・、
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 二階にはいろんな当時のグッズが置いてあります。
 
 レールの模型
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 これだけいろんな種類の線路があったんですね。

 ジジオラマ
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 国鉄マンの制服
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 鉄道線路図
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 切符切り
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 日本からヨーロッパまでの線路図
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 当時のパスポート
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 戦前は国際港だった敦賀。

 今はその面影はあまり残っていません。

 歴史という時間は流れていきますが、そのような時もあったことは残していきたいですね。


posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 07:30| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

城山公園

 先日高浜に行った時に城山公園に久しぶりに行ってきました。

 訪れたのは3月の中頃だったのですが、チラチラと雪も交じった寒い日だったのであまり遊んでいる子供もない日でした。

 夏には大勢の人が海水浴を楽しむ浜辺にも誰もいません。
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 景勝地「明鏡洞」
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 子どもとよく遊んだ浜辺も今は誰もおらず、波が打ち寄せるだけでした。

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posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 09:48| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月25日

武田耕雲斎

 幕末の激動期を駆け抜け散った人 武田耕雲斎

 水戸で挙兵した武田耕雲斎率いる天狗党は尊王攘夷を唱え京にいる一橋慶喜を頼って出立したが、その頼りとしている慶喜から追討の命が下っていることを知り、敦賀で加賀藩に投降した。

 加賀藩の処遇は丁重なものであったが、身柄が幕府に移るとその処遇は一変し、過酷なものとなった。

 そして2月4日から27日にかけて353名の天狗党が処刑されたのである。


 その烈士墳墓と閉じ込められていたニシン蔵が敦賀に残っています。

 入口には石柱が建っていて今でも綺麗に保存されています。
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 烈士たちが眠る墳墓
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 烈士たちを守るように耕雲斎の像が立っています。
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 隣の松原神社にはニシン蔵が移築されて残っています。
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 日本の激動期だった幕末期。

 多くの人が外国からの脅威にどのように対処すればいいのかを考え、右往左往していた時に現れた耕雲斎。

 時が彼を必要としていたのでしょうか。

 今も敦賀水戸烈士遺徳顕彰会がその功績を後世に伝えようと守っています。


 武田耕雲斎の評伝はこちらから



posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 05:54| 福井 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月25日

柴田氏庭園

 昨年から行われていた柴田氏邸宅の改築工事。

 どの程度までに出来上がっているのかを確かめに行ってきました。

 以前と変わらない門
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 木戸を潜って・・・・、
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 縁側には古びたパンフレットと無造作に置かれた観光記念スタンプ
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 昨年と同じ光景です。


 庭に回ってみると・・・・人影が・・・・・。
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 奈良から来られたご夫婦で、近くの温泉に浸かって帰るとのことでした。


 昨年壁を塗っていた蔵は・・・・・・、
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 まだ途中でした。

 庭で枯れ葉を集めていたおじさんに聞くと、塗った壁が乾くまで暫く放っておくそうです。

 門の近くの壁も・・・・・・、
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 まだ仕事が途中で終わっていました。


 砂山に刺さったスコップ
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 なんだか仕事を途中で投げ出したような感じがします。

 
 やっと始まった改修工事。

 どれくらい時間がかかるかもしれませんが、早く昔の面影を取り戻してほしいものです。
 
 最近は歴史のある建物の持ち主がそこに住んでいないために、荒れほうだいになっている家が多くあります。

 一番いい方法は市などに寄付してもらうことですが、これも自分の代に手放したと言われるのが嫌で死ぬまで手放さないという持ち主が多いようです。

 行政としても持ち主の同意が得られなければ何も出来ません。

 昔のものを後世に伝えていくことは今に生きる者の仕事だとおもいます。



 柴田氏庭園のある場所は
 
 

posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 00:08| 福井 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月17日

音海

 福井県の一番西にある町高浜町

 そして高浜町の中でも音海はさらに西にあります。

 音海には関西電力の高浜発電所があって集落からよく見えます。

 その音海に行ってきました。

 昔音海に住んでいたときにはよくアオリイカを釣りに来たものです。

 湾内は静まりかえっています。
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 船着き場ではおばさんがサザエを網から外していました。
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 小さな漁港
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 船置き場
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 その前は道路です。

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 海から見た音海集落
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 海岸線
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 海の上に浮かぶ孤島
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 仕事で音海に行ったときに撮ったものですが、この日は波が穏やかで気持ちが良い日でした。

 海から見る陸地はまた違った見え方をするものです。

 こうやって見ると意外と崖や島の海岸は急です。


 クルーズではありませんでしたが、少し大きめの漁船に乗って海に繰り出すのも楽しいです。

 また、サザエを網から外しているおばちゃんに話をしたりするのも楽しいですね。


 
posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 02:29| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月21日

柴田氏庭園(改修中)

 荒れ放題だった柴田氏庭園がやっと改修になりました。

 改修することになったと言うことは昨年知ったんですが、なかなか行くことが出来ず今までになりました。

 この改修で昔の面影が戻ってくれたらと思います。

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 門をくぐると・・・・、
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 母屋
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 池に映る母屋の景色が美しい。
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 ここからの眺めがいちばんきれいです。


 裏に廻ると、現在改修中・・・。
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 本宅の後ろにあった土蔵を昔ながらの方法で作っていました。
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 壁から出ている縄は、壁の厚みを支えるために付けているものだそうです。(この上にさらに土を塗りつけて壁を厚くします)


 21年度の工事は3月で終わりますが、来年度も続くのでしょうか?

 全ての改修が終わって往年の姿を見せてくれるまでにはもう少し時間がかかると思いますが、それまでの楽しみとして残していきます。

 
posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 16:23| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月12日

船小屋

 船小屋と言えば京都の伊根町にある船小屋が有名ですが、福井にも小さいですが、船小屋があります。

 若狭町の三方交差点から常神半島に行く道を三方湖を右に見ながら進むと右手にあります。

 小さな入り江に5軒くらい並んでいるので、ややもすると見過ごしてしまうかもしれません。

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 訪れたときには菜の花が咲いていました。
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 道路側から見た船小屋
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 今でも使われています。
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 近くには梅畑があって、梅の花が咲いていました。
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 私が訪れたときには、二人の写真家の人が写真を撮っていました。

 写真好きの人にはよく知られたスポットなんですね。


 今頃は梅の花が満開だと思いますので、お近くに来られた折にはお立ち寄りください。

 梅の良い香りが辺りに漂っています。


 お待ちしています。



posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 05:42| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

丸岡藩 砲台跡

 江戸時代末期、欧米列強は中国へも進出し、更に幕藩体制が動揺する鎖国下日本に開国するよう迫りつつあった。

 1853年に浦賀へペリー来航、1854年には日米和親条約が結ばれた状況下で、丸岡藩砲台(福井県坂井郡三国町)は1852年沿岸を警備するために建設された。

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 海上へ突き出した海岸線上に弓状に築かれた高さ1.8mの土塁には5個の砲眼が4.5メートル間隔で設けられている。

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 著名な砲術家であった高島秋帆(たかしましゅうはん)に教えを受けた栗原源左衛門らが設計して、南常太郎らが建設に携わった。

 原形をこれだけ良く留める砲台跡は全国的にも貴重であり、丸岡藩砲台跡は東京の品川台場などと共に国指定史跡となっています。          

 場所は
 




posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 04:13| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月03日

空印寺

 小浜にある空印寺は小浜藩主の酒井家の菩提寺であるが、それよりも八百比丘尼伝説が残っているお寺として有名です。

 その伝説とは、その女の子が16歳の時に食べた父高橋長者が竜宮のおみやげにもらった人魚の肉を食べたところ、幾つになっても年をとらず16歳の頃のような若々しさを保つことができたそうな。

 その後その姫あが120歳の頃、髪を切って全国を行脚し、各地に神社仏閣を建立したり、道を開墾したりしました。

 そして800歳になられたある日空印寺境内にある大岩窟にて入定されました。

 その入定された洞窟が今も残っています。

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 空印寺の山門(薬医門)からのぞく本堂
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 お寺自体は何回も焼失しているそうですが、この門だけは残ったそうです。

 小浜藩主酒井家の菩提寺とのことですが、どれがそのお墓なのか分かりませんでした。

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 お寺の裏には木彫りの仏様が雨に打たれていました。

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 ちょっとかわいそう。


 小浜には本当にはたくさんのお寺がありますね。

 全部回るにはどのくらいかあるんでしょうか。

 まだまだ探索する箇所が埋もれているようです。
 
posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 15:30| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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