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2016年05月18日

金ヶ崎緑地(敦賀市)

 敦賀は港町。

 その港の一画が金ヶ崎緑地として整備されています。

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 そして、戦前には大陸への玄関口でした。

 今のその面影があちこちに残っています。

 港に面したところには昔をしのばせる建物が残っています。

 これは敦賀ムゼウム

 第二次世界大戦中にユダヤ難民を救った杉原千畝(すぎはらちうね)の記念館として、当時の写真などが多く展示されています。

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 明治時代に鉄道が敷かれた時には港まで線路が敷かれていました。

 その駅が残っています。

 その名もずばり「敦賀港駅

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 昔は飛行機と言う便利な乗り物はなかったのでもっぱら船に頼りました。

 その港の一つが敦賀港だったのです。

 敦賀はヨーロッパと結ぶ国際港だったんですね。

 
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2012年08月20日

柴田氏庭園

 小浜藩の有力農民であった柴田氏の庭園が敦賀市に残っています。

 つい最近までは改修が進んでいなかったんですが、その一部の修復が終わりました。

 庭園の名前は甘棠園(かんとうえん)と言います

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 門をくぐって中に入ると・・・・・、

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2012年07月03日

帰り山観音

 国道8号線を敦賀から福井方面に向かうと途中の江良というところに帰り山観音という観音様があります。

 そこには湧水が何時も涌いていて、水を飲んだりポリバケツに入れたるする人が絶えません。

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 いつもそばを通るときに大勢の人がいるな〜〜くらいにしか思わなかったんですが、先日そこを訪れてお店の人にいろいろ聞きました。

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 するとそこは単に湧水がわいてるだけの地ではなかったんだということが分かりました。

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2012年04月22日

三丁町界隈(小浜市)

 どこか懐かしい風情が残る町、三丁町。

 少し前なんですが、小雨が降る日に訪れました。

 ここはちょっと前にNHK朝の連続ドラマのロケ地になった場所です。

 ちりとてちん

 こんな題名でした。

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 細い路地を入っていくと・・・・、
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 お寺や・・・・・、
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2011年09月10日

立石(敦賀市)

 敦賀市の突端にある集落 立石。

 その先には海しかなく、まさに地の果てといったところです。

 家の後ろにはすぐに山が迫っており、海が荒れる冬の日は大変だっただろうと想像できます。

 その立石に行ってきました。

 遠くから集落を望みます。
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 山が迫ってきているのがわかります。

 今は護岸も整備されて防波堤もできていますが、一昔前まではそんなものもなく風の向きによっては直接波が集落を襲ってきたんでしょうね。

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 集落のはずれの岩場には小さな祠がありました。

 海で生きる者にとって自分たちを守ってくれる神様への信仰が自然と湧いてきたんだと思います。

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 米が取れるような土地もなく、漁業だけが唯一の仕事だったとおもいます。

 そんな過酷な条件にもかかわらず集落は存続してきました。

 今は若い人もなかなか定着せずに離れて行っていると、そこに住んでいる人は言っていました。

 漁村だけじゃなく農村や山村でも同じようになってきています。

 集落が消えていこうとしています。

 どうすればいいのかを考えながら、立石灯台を目指しました。


posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 07:08| 福井 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月08日

芭蕉杖跡 色が浜

 奥の細道を書いた芭蕉はその道中で福井にもその足跡を残しています。

 今庄にも残っていますし、敦賀半島にも残っています。

 それが残っている場所に行ってきました。

 その場所は敦賀半島の色が浜

 日本原子力発電所に行く道の途中に看板が立っているので見られた方も多いと思います。

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 集落にへと続く道を入っていくと・・・・、
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 そのお寺「本隆寺」はありました。
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小さな駐車場に郵便ポストとともにそのいわれが書かれていました。
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 境内に入っていくと…、
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 ありました・・・・、と言っても石碑だけですが。
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 杖を置いた場所かどうかは分かりません。って言うか杖を置いただけでは痕は残らないと思うんですが・・・・。
 
 その横には、詠んだ句が石に彫られていました。
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 当時は今のように整備された道なんかはなくて、手漕ぎ舟でここまで来たんでしょうか?

 お寺の前にある浜辺に行くと白い砂浜が広がっていました。

 ちょっと風がきつかったんですが、沖には夏海水浴客でにぎわう水島が見えました。
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 カモメが浜辺で羽を休めていましたが、近づずくと風の中を飛び去っていきました。

 訪れた日は雨風が強かったんですが、やはりこういう歩いて散策してみたいような場所はお天気がいい日にしたほうがいいですね。

 変なことに納得しました。傘を差しながらのカメラ撮影はちょっと難しいです。

posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 06:13| 福井 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月17日

若狭国吉城歴史資料館

 群雄割拠した戦国時代、各地には多くの城が築かれました。

 今も美浜町を通っている丹後街道を眼下に見下ろす通称「城山」に建てられたのが国吉城でした。

 若狭の守護大名武田氏に重臣であった粟屋越中守勝久が、若越国境の境目の城として弘治2年(1556)に古城跡を改修して築城したといわれています。

 その麓にあった城主館跡には今も石組が残っています。

 国吉城廃城の後若狭の国に入封した譜代大名坂井忠勝は若狭の国東部支配の拠点として、佐柿奉行所(御茶屋御殿)を置きました。

 現在はその跡地に若狭国吉城歴史資料館が建てられ、平成21年4月に開館しました。

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 准藩士屋敷は小浜藩預かりとなった水戸天狗党の残党を収容するために慶長2年にここに建てられ、今のその石垣が残っています。
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 国吉城歴史資料館
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 中に展示されている資料等は撮影禁止でしたので、玄関の部分だけ・・・・・。
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 資料館の周りには石組と発掘中の現場がありました。
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 後どれくらい石組は出てくるんでしょうか
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 今回は城跡まで登らなかったんですが、機会があれば一度登ってみたいと思います。

 そこにはどんな景色が見られるんでしょうか。

 戦国の騒乱時に生きた人たちが見た風景がそこに広がっているんでしょうか。

 一度見てみたい気がします。

 


posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 05:50| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月12日

常高寺

 江〜姫たちの戦国〜水川あさみさん演じるお初

 その菩提寺が小浜にあります。

 お寺の名前は常高寺

 何年ぶりでしょうか、久しぶりに訪れました。

 この門から入っていきます。
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 お初「常高院」の由緒書き
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 道を進むと両脇にお寺があります。
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 朝ドラ「ちりとてちん」のロケ地の石階段
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 石階段の上には小浜線が横切っていて登れないので左側を行くと・・・・、
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 山門が現れます。
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 門をくぐると・・・・、
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 現代的なお寺が・・・・。

 再びその左側の「お初しあわせの道」を昇っていくと・・・・、
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 新しく作られた階段。
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 国道27号線をまたぐ階段なので勾配は急です。
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 ちょっと足が弱い人には辛いかもしれません。

 今までは国道を渡らなければお初のお墓へ行けなかったいけなかったので危なかったんですが、新しくできた階段を上っていけば事故に会うこともなくなります。

 が、少し辛いですね。

 お寺から一気に墓所まで行くのは息が切れます。


 トンネルをまたぐとまたまた坂道です。
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 そしてやっとお初のお墓が見えてきました。
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 お初のお墓の正面にはお初に仕えた7人の侍女達のお墓があり、今でもお初を見守っています。
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 小浜は小さな町ですが京都に近いせいかいろんな歴史あるお寺があります。  
 
 それらを一つ一つ見廻ることは時間がないとできませんが、いつかは全部を見て廻りたいですね。

 

posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 04:07| 福井 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月11日

義経号

 私が住んでいる旧今庄町には国鉄時代に機関区があったところです。

 その記憶をとどめておくために旧役場前にその当時活躍していたD51の蒸気機関車が置いてあります。

 D51が活躍していた時よりもさらに昔の蒸気機関車が小浜線の若狭本郷駅の近くに置いてあります。

 その機関車の名前は「義経号」1880年10月(明治13年)、北海道で最初の鉄道「幌内鉄道」で運転された1アメリカの蒸気機関車で、北海道の開拓に活躍した機関車です。

 1990年(平成2年)「国際花と緑の博覧会」で、風車の駅と山の駅を結んで運転されました。

 その後風車の駅が大飯町に移ったのを機会にここに移されました。

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 義経号の後ろにある建物が風車の駅です。

 義経の文字がくっきりと見えます。
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 義経号の正面
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 西部劇に出てきそうな面構えです。

 
 義経号は情報交差点ぽーたるに置いてあります。
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 情報交差点ぽーたるは国道27号線を舞鶴方面に向かっていくと左手側にあります。

 情報交差点ぽーたる内には「見て触れて楽しめる鉄道ジオラマ」やお土産や地元で採れた野菜などを買うことができます。

 舞鶴方面に行かれる時にはちょっと休憩かたがた立ち寄ってみてください。

 
 お待ちしています。

posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 08:35| 福井 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月28日

人道の港 敦賀ムゼウム

 旧敦賀港駅舎の近くにその建物は立っています。

 敦賀ムゼウム

 第2時世界大戦が始まる前にヨーロッパのリトアニアから逃れてきたユダヤ人たちが最初に日本の土を踏んだ港です。

 そのユダヤ人たちにビザを発行した人が杉原千畝という人です。

 その記録が敦賀ムゼウムに残っています。

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 中に入るとその当時の様子が残されています。
 
 大陸への玄関口敦賀港の説明
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 敦賀港を通った人々
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 当時の大阪商船の航路図
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 二階に上がると・・・、
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 その当時のことを知ることができます。

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 蓄音機からは肉声を聞くことができます。
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 命のビザ
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 テレビでは放映された杉原千畝の業績が流されていました。
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 世界中のユダヤ人から日本のシンドラーと呼ばれている杉原千畝。

 そしてその人たちを受け入れた敦賀の人々。

 日本の土を踏んで安堵したユダヤ人たち。

 その様子が良く分かります。

 敦賀を訪れた折にはぜひ訪れてください。

 小さな記念館ですが、一見の価値はあると思います。

 お待ちしています。


posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 07:42| 福井 | Comment(0) | TrackBack(0) | 嶺南の観光地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする