石碑の左側にある小道を少し上っていくと
沈着勇断の碑が目に飛び込んできます。
若狭方面に行くときには時間があれば必ずここに立ち寄るようにしていますが、何時訪れてもきれいに掃除がしてありとても気持ちが良いものです。
これも佐久間艇長が地元の人に親しまれ尊敬されているからでしょう。
佐久間艇長は今で言う潜水艦の艦長でしたが、潜水訓練中に浮上できなくなり、そのまま乗組員全員が艦内で死亡しました。
艦内で死亡すると言うことは、酸素不足による窒息死です。
当時の潜水艦は、ガソリンエンジンで駆動する構造でしたが、そのエンジンが不調になり浮上できなくなったのです。
艦内にはガソリンの匂いが息も出来なくなるほど充満した状況で、しかも酸素不足にもかかわらず艇長以下14名が全員その持ち場を離れず最後までその任務を全うしたのです。
その当時似たような事故が外国でも発生していましたが、潜水艦の中では乗組員は我先に助かろうとして出口に殺到しハッチの周りで死んでいたそうです。
全員が最後までその持ち場を離れずに仕事を全うしたことも驚嘆に値しますが、何より佐久間艇長を世に知らしめたのは、刻々と死が迫る中で手帳に克明に国家に対するお詫びと部下を死に至らしめたことに対する謝罪などが綴られていました。
今は戦前の時代は軍国主義がまかり通ったとしてあまり評価されていませんが、佐久間艇長のような軍人がここ福井に輩出したと言うことはもっと誇りに思って良いと思います。
少し小高い場所に艇長のお墓があります。
佐久間艇長が乗っていた潜水艇の番号からとった6号神社です。
佐久間艇長の生家です。
佐久間記念館です。
まだ中を見たことがありません。
どこに連絡したら見せてもらえるのか、ご存じの方は教えてください。
生家の直ぐ横にある前川神社です。
今の日本があるのはこうした先人達の血と汗で作られたものが重なった結果だと思います。
それらを壊すことなく、のちの子孫に伝えていくことが今の我々に出来る最低限のことではないでしょうか。
今の世情を嘆くことなく、誰のせいにする訳でもなく、今の自分に出来る自分の仕事を全うしていくこと、それを忘れてはいけないと思います。
佐久間艇長のことが書いてあるホームページは
http://www.hokuriku.ne.jp/kouyouan/sakumateityou18.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/navy-rokugo.htm
http://www.hokuriku.ne.jp/montanyu/index.html
http://www.h7.dion.ne.jp/~kjc1973/newpage31.htm
佐久間艇長の生誕地は

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