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2017年07月19日

塩津神社

 琵琶湖の北に位置する塩津港

 昔は琵琶湖には丸子船という船が行き来して物資や人を運んでいました。

 塩津神社の創立年代は晃ではありませんが、塩津港の守り神として崇められてたようです。

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 舞台
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 拝殿
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 御由緒
 当社創立の年代は詳かではないが、伝えるところに拠れば、上古この地「志波谷」に塩池あり。
 ささやかな池ながら、塩水間断なく湧出で、これを汲んで製塩の業を行うもの23戸あった。
 この人等その遠租塩土老翁神を祀り、後又縁の神、彦火火出見尊、豊玉姫尊をも合わせ祀るに至ったと伝える。
 玉朝時代以降縉紳顕門の来遊もあり、当社を崇敬せられたのである。
 わけても和気仲世近江呂介に任ぜられるや、数次参籠して霊示の随に、誉田別尊を本社境内に、瀬織津姫尊を境外に奉祀した。
 文和元年、足利高氏の子義詮、後光厳帝を奉じて当社に参拝され当地の熊谷兵庫直高、治左衛門尉直久等当社を崇敬し、社殿修復に尽くしたが元亀元年火災に罹り殿舎鳥有に帰した。
 嘉永年中伏見稲荷神社の分霊を勧請して、相殿に奉祀し、居成明神又稲荷神社とも称した。
 明治5年稲荷の神霊を境外地字清水に奉遷し、社名を塩津神社と復称し、同9年村社に、同17年、郷社に列した。
 延喜式内未定社。同43年神饌幣帛料供進神社に指定された。尚、当社は中葉「海北之宮」の別称があった。

 地図




posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 10:24| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 編集長のブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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