福井県の情報はここからどうぞ。(お祭りやお泊まり、食事処などが分かります)
 今庄の情報はここからどうぞ。
 今庄観光協会の公式ページ(河野観光協会、南越前町観光サイトなど)を紹介します。
 板取宿の情報はここからどうぞ。

2013年09月21日

朝倉氏遺跡 復元町並みから下城戸へ

 一乗谷朝倉氏遺跡の復元町並みを出ると目の前には平地が広がっていますが、ここは昔家々が山の麓まで立ち並んでいたところでした。

 復元町並みを出てまっすぐに伸びる道を歩いて城下町の入り口である下城戸まで行きました。

 simokidohe 13-09 (1).JPG

 入口付近には大きな石が置かれています。
 simokidohe 13-09 (2).JPG

 ここにはどんな建物が建っていたんでしょうか。
 simokidohe 13-09 (3).JPG



 お寺があったようです。
 simokidohe 13-09 (6).JPG 
 simokidohe 13-09 (4).JPG

 山沿いに伸びる道
 simokidohe 13-09 (9).JPG

 ここは染物屋だったんでしょうか。
 simokidohe 13-09 (12).JPG

 ここにはなにも建ってなかったんでしょうか。
 simokidohe 13-09 (14).JPG

 民家の庭先の残る五輪の塔
 simokidohe 13-09 (15).JPG
 今も供養されているようです。

 道の脇に残る仏像
 simokidohe 13-09 (16).JPG
 ここら一帯は寺院が建っていたんでしょうか?

 遊歩道をさらに進みます。
 simokidohe 13-09 (18).JPG

 土に覆われてわずかに残る二段になった石垣
 simokidohe 13-09 (20).JPG
 今は畑となっていますが、当時は大きな建物が建っていたんでしょうね。

 下城戸の石垣が見えてきました。
 simokidohe 13-09 (22).JPG
 simokidohe 13-09 (23).JPG

 まるで南米のインカ帝国の巨石積みのようです。
 simokidohe 13-09 (24).JPG
 simokidohe 13-09 (26).JPG
 simokidohe 13-09 (27).JPG

 下城戸に建つ石碑
 simokidohe 13-09 (32).JPG


 復元町並みから下城戸までは数百メートルぐらいなので時間がある時には歩いてみるのもいいと思います。

 戦国時代越前に栄華を極めた朝倉氏。

 それは時の将軍を迎えるまでの実力を備えていました。

 でも時に流れには逆らえず消えていきました。

 信長軍に敗れ去った後は一乗谷の記憶は忘れ去られてしまいましたが、それが故にその栄華を遺跡から偲ぶことができます。

 今も発掘が行われていて時折新たな発見があると新聞をにぎわしてくれます。


posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 03:08| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史的遺構 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。