福井県の情報はここからどうぞ。(お祭りやお泊まり、食事処などが分かります)
 今庄の情報はここからどうぞ。
 今庄観光協会の公式ページ(河野観光協会、南越前町観光サイトなど)を紹介します。
 板取宿の情報はここからどうぞ。

2012年02月04日

節分追儺祭

 今年は辰年。

 で、 私は辰年生まれで●0歳に相成りました。

 早いものですね。平安時代だったら、もう死んでいてもおかしくない年齢です。

 神社からの案内が来て、2日にお餅を持って行って、そして昨日お祓いを受けに行ってきました。

 setubunn 12-02 (16).JPG

 今年も雪が多くて鳥居が埋まっています。

 もう少し遅れればどんと焼きの火も消えてしまってたかも知れません。

 ぎりぎりセーフでした。

 setubunn 12-02 (15).JPG

 この日の中に古くなった正月飾りを投げ入れて燃やしました。 

 お社の中にはすでに大勢の年男や年女の人が集まっていました。
 setubunn 12-02 (14).JPG


 大分部屋の中は人で一杯だったんですが、年男だというので正面に座ることになりました。

 setubunn 12-02 (13).JPG 

 神様がすぐ目の前です。

 厳かな雰囲気の中で神事が始まりました。

 setubunn 12-02 (10).JPG

 この神事を見ていて感じたことは、静の美しさでした。

 1回の作法毎に手前にあるゴザと神様がおられる上座を行き来するわけですが、一挙手一投足が型にはまっていて、1つの動き毎にピシッと決めるわけです。

 こんな作法は、他の宗教では見る事は出来ません。

 非常に日本的というか、美しさを感じます。

 またその衣装も、左右が対称になっていて、立ち姿、座り姿が綺麗な形に収まるように作られているんですね。

 作法を行っているときには衣擦れの音しか聞こえない、その音さえも計算され尽くされているようでした。

 

 setubunn 12-02 (7).JPG


 お祓いの時に撒かれた紙吹雪

 setubunn 12-02 (6).JPG


 年男の人が代表して玉串を捧げて・・・・・、

 setubunn 12-02 (5).JPG

 setubunn 12-02 (4).JPG

 お母さんと一緒に。

 さて、豆まきと餅撒きです。

 setubunn 12-02 (2).JPG

 豆や餅を撒きながらの写真撮影はちょっと難しいものがありました。


 その後、厄年の人が残ってちょっとした慰労会のようなものが開かれました。

 setubunn 12-02 (1).JPG


 豆まきや餅撒きをした人は拾えないので、別にそれらが入った袋を頂きました。

 そして、家に帰って開けてみると・・・・・、

 setubunn 12-02 (17).JPG 

 袋の中からは色づけられた豆にお多福と鬼の小さなお菓子が出てきました。

 日本人は無宗教だという人がいますが、このように連綿と続いている行事を見るにつけ、無宗教ではないと思います。

 至る所に神様がおられる、見ておられる、ましてやトイレにまで神様がいる、なんて教え(宗教)は世界中を探しても見つからないでしょう。

 それを図らずも証明したのが、東北大震災でした。

 外国ならば略奪や暴動が起きてもおかしくない状況にもかかわらず、整然と行動していた様は諸外国からの賞賛を浴びると同時に不思議がりました。

 日本人には普通のことなのに外国人には不思議に見える。

 これこそが日本人の宗教観なのですね。

 明治時代以降多くのキリスト教が入ってきましたが、その信者数は増えていません。

 その理由の1つに、八百万の神があると思います。

 キリストもその中の1つの神だととらえたのかも知れません。

 絶対神よりもや八百万の神。

 どう見ても八百万の神の方に分があるように感じました。

 宮司さんの話に耳を傾けて、感じたことでした。


posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 07:18| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | お祭り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック