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2018年05月11日

鹿蒜神社

 その昔、今日から越の国に向かう人々は今庄を必ず経由して行きました。

 その道は北陸道、または北國街道とよんばれていて、今の国道としての機能を持っていました。

 昔の交通手段は徒歩だったので、遠くに行こうとすると泊る場所が必要です。

 今庄は江戸時代までは宿場町として栄えました。

 今でもその面影を宿場内に見ることが出来ます。

 街道沿いには集落が点々と存在していましたが、鹿蒜神社が今も残る南今庄もその一つです。

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 鹿蒜神社は奈良時代の頃には加比留神社と言われていたようです。

 境内に登って行くと・・・・、
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 石垣で一段と高くなった所に拝殿があります。

 どこにでもあるような神社です。
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 拝殿の後ろに本殿があります。
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 境内は広場になっています。
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 拝殿の横にはお社が3体ありましたが、雪で倒壊して今では1体になってしまいました。
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 鹿蒜神社の由緒

 鹿蒜神社は文武天皇の文武(698年)3月15日創立の古社にして加比留神社とも称せられる。
 当地は奈良時代より鹿蒜郷宿駅が置かれ、中世鹿蒜郷加恵留保の所在地として名高く、鹿蒜郷の鎮守の神として厚く崇敬されたり。
 第60代醍醐天皇の勅令により延喜5年(905年)編集されし延喜式神名帳記載の式内社なり。

 


posted by 福井 県人(フクイ ケント) at 23:50| 福井 ☁| Comment(0) | 神社仏閣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする